5月法話会「アインシュタインと仏教」

千葉県 浄土真宗本願寺派 最誓寺住職 堀田了正

平成28年5月29日(日) 

私の学んだ京都にある「龍谷大学」の校友会から会報が送られてきました。
大変興味深いお話が掲載されていましたので、ご紹介します。

龍谷大学校友会会報 第82号 (2016・平成28)年3月25日
 
★アインシュタインと姥捨て山伝説 元浄土真宗本願寺派宗務総長・圓勝寺住職 橘 正信

昨年は、ドイツ生まれのユダヤ人物理学者のアインシュタインさんが相対性理論を発見して、百年目に当たる年だったそうです。アインシュタインさんは1922年(大正11)に来日して、西本願寺にもこられました。(来日の船上でノーベル物理学賞の受賞を知る)
アインシュタインさんは、仏教に興味を持っておられました。そのため日本の仏教を知りたいと学僧であった近角常観(ちかずみじょうかん 真宗大谷派西源寺住職)師にお会いになり話を聞かれました。
アインシュタインさんが、「仏さまとは、どんな方ですか」とたずねると、近角師はいきなり「姥捨て山」の伝説の話をされたといいます。(伝説の内容は諸説あり)
息子が母親を背負って山へ。その時母親は木の枝を折っている。息子は母親が家に帰る目印だろうと思っていたのですが、帰り道で迷い、その折れた枝を頼りに家に帰り着きます。そして、ふと息子はその母心に気づき、あわてて母親を山から連れ戻したーこの話を近角師は切々とされ、アインシュタインさんは深い感動と共に、涙ぐまれたそうです。
自分を捨てる我が子を捨てきれない母ごころ、それが仏さまのお慈悲です。仏さまに背を向けているにもかかわらず、慈しみのこころを持って、私たちを救わずにおれないとはたらき続けておられる、それが仏さま、阿弥陀さまなのです。

備考 日本には古くから次のような古歌が残っています。
 「奥山に枝折る栞(しおり)は誰がためぞ親を捨てんといそぐ子のため」

★龍RONが聞く「仏教に学ぶ」
アインシュタインがなぜ仏教を?
アインシュタインが宗教、中でも仏教に興味を持っていたことは、何冊かの著書に示されています。
そのいくつかのことばを紹介すると、「宗教なき科学は欠陥であり、科学なき宗教は盲目である」「生きる意味はなにか、その質問に答えるのが宗教である」「仏教は近代科学と両立可能な唯一の宗教である」「現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれる宗教があるとすれば、それは仏教である」
龍谷大学では、仏教系大学で初の理工学部が、1989年(平成元)に誕生しました。当時瀬田キャンバスにおられた多くの理工学部の先生方が仏教に興味を持たれ、創立350周年の記念シンポジウムでも、「科学と宗教」というテーマで、現代科学と仏教とは、全く矛盾しないことが明らかにされたと聞いています。                          以上転載
                                                                                     
宗教といえば、とかく非科学的というイメージがつきまとっています。奇跡、神秘を売り物にし、多くの信者を集めて金をまきあげる、といったうさんくささを感ずる人も多いでしょう。
確かに、そういった何ら根拠のない迷信・俗信が世にはびこっていることは事実です。特に葬儀に際しての迷信・俗信は中々根強いものがあり、アインシュタインさんの「宗教なき科学は欠陥であり、科学なき宗教は盲目である」の言葉を、よくよくかみしめたいものです。

★避けたい迷信・俗信!

 かなしきかなや道俗の
 良時・吉日えらばしめ
 天神・地祇をあがめつつ
 卜占祭祀つとめとす
親鸞聖人 正像末和讃 
                                                                                                     
★葬儀に関わる迷信・俗信!を気にしますか?

●守り刀・死装束・六文銭 一膳飯・使っていた茶碗を割る・清め塩・火葬場の往復の道順を変える・お棺に釘を打つ・・・?
●喪中葉書は必要か?
●喪服は白?黒?・・・元は白。北枕で寝ない(お釈迦さまの亡くなられた時の故事が起源)
仏式の葬儀には本来祭壇の左右に白もしくは銀色の紙の花をお供えし、供花も本来は白色
●白色の祭壇、花祭壇(白の意味を!)
●葬儀と告別式
告はつげる、「別」は別れですから、別れを告げる儀式。
葬儀の一番の要は「新たなる出発をおたたえすること」
●死は穢れか?
●冥福を祈る
●喪主あいさつはなかった。(喪主は悲しみに暮れ、あいさつできない。)親族代表あいさつ
喪主の挨拶に「生前のご厚情」と「生前」と言葉を使う。生は生まれる、前はまえですから、生まれる前と私たちは考えもしないで使います。亡くなる前というように言葉を使うのではありません。死んで終わっていく人生ではなく、死を出発と見ていく人生観が浄土真宗の生き方の中にありました。

★浄土真宗本願寺派 葬儀勤行集の葬場勤行の表白には

されどわれらがために大悲の誓願まします本願力に遇いぬれば 空しく遇ぐる人なくみ仏にいだかれて悉くかの仏国に到る

阿弥陀如来が必ず救う、我にまかせよとのお誓いをたててくださったから、私たちは死んで終わりの人生ではなく、お浄土に生まれて佛になる人生を歩ませていただくのであります。別れの寂しさの中に仏さまとして亡くなっていかれた方に手を合わせ、また遇える世界を大切にしてきたのであります。合掌

※備考

アルベルト・アインシュタイン 1879年~1955年

ドイツ生まれのユダヤ人の理論物理学者。

20世紀最大の物理学者、現代物理学の父とも称され、特に彼の特殊相対性理論と一般  

相対性理論が有名だが、光量子説に基づく光電効果の理論的解明によって1921年  

ノーベル物理学賞を受賞した。

 

近角 常観(ちかずみ じょうかん) 1870年~1941年

日本の明治~昭和初期に活動した真宗大谷派西源寺住職。

東京本郷の求道学舎と求道会館において学生・知識人を感化する。

『歎異抄』を中心として親鸞の精神を説く。

『政教時報』『求道』『信界建現』を創刊して、信仰の普及に努める。