合掌・礼拝は祈ることではなく、「み仏のお徳をたたえ、敬うこと」です。
お手てのしわとしわを合わせて、幸せ、な〜む〜♪
という有名なCMがありますね。
この歌詞のあとには「ふしとふしを合わせて不幸せ」という言葉が続くのだそうです。
合掌(がっしょう)とは反対に節と節をあわせる、つまり拳と拳があわさる世界は不幸せだというのです。
相手を叩きのめすために振るわれる暴力は、決してあってはならないことです。(現実に今、「戦争」が起き、多くのいのちが奪われ、都市が破壊されています。)
節をあわせ「いがみ」合って争う世界ではなく、しわをあわせて「おがみ」合って尊敬しあう世界にしていきたいものです。
合掌・礼拝のこころ
合掌・礼拝は祈ることではなく、「み仏のお徳をたたえ、敬うこと」です。
本堂にお参りし、正面のご本尊(阿弥陀如来)に手を合わせ(合掌)、おじぎ(礼拝 仏教では「らいはい」と言います)をします。
この時には、「南無阿弥陀仏(なまんだぶ)」とお念仏を数回唱えます。
決して、私の欲望成就(願い事)をお願いすることはいたしません。
(各種祈願 合格、病気平癒、自動車無事故、商売繁盛・・・・・)
合掌の姿は平和的!
合掌の姿は相手に対する暴力的な意思がないことを示しています。
(掌をわせることは、無防備・無抵抗を表し、平和そのものの姿です。 )
一言で言うなら合掌の意味は「尊敬と感謝」です。
インドでは今でも「ナマステ」といって挨拶をします。
「ナマス(namas)」は敬意の意味、「テー(te)」はあなたにという意味。
合掌とともに「ナマステ」と言うインドの挨拶は「あなたに敬意を持って礼拝します」という敬いの気持ちを表した挨拶ということですね。
合掌・礼拝のしかた
最も一般的な合掌は、両手を胸の前に合わせて、指をそろえて約四十五度上方にのばし、念珠をかけて親指で軽くおさえます。
そのまま肩・ひじをはらず自然に背筋を伸ばし、ご本尊を仰ぎ「南無阿弥陀仏(なまんだぶ)」とお念仏を数回となえます。
礼拝は、合掌したまま上体を約四十五度かたむけてお礼をし、上体をおこしてから合掌をときます。
合掌の形は、蓮(ハス)の蕾みに似ています。蓮の花は、「泥中の蓮華(でいちゅうのれんげ)」と言われ、泥の中から上がってきて汚れのない美しい花を咲かせることから、仏教では清浄な花とされているのが由来です。
ちなみに「泥」は、わたしたちの「煩悩」を表します。 「花」は、仏教でいう「さとり」をあらわしています。
仏教では「このどろどろした娑婆世界で、美しい清らかな心をもった目覚めた者になろう」と蓮の花を意味づけています。
お釈迦さまは、阿弥陀さまのお救いを聞く信心の方を、「何より勝れた智慧を得た方」と讃え、汚れのない白い蓮華のようであるとお褒めになられました。
これを受けて親鸞聖人は、浄土真宗の篤信者・仏を念ずる者を「人中の分陀利華(ふんだりけ)=(白蓮華(びゃくれんげ)」と讃えられました。